糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)は、急性膵炎や急性腎不全と並んで内科的エマージェンシーの最たるものです。
犬に較べると、猫のほうが典型的で重篤な糖尿病性ケトアシドーシスに陥りやすいです。
糖尿病性ケトアシドーシスは、適切に治療する限り2~3日で離脱できます。
この記事を読めば、猫の糖尿病性ケトアシドーシスの症状、原因、治療法がわかります。
限りなく網羅的にまとめましたので、猫の糖尿病性ケトアシドーシスついてご存知でない飼い主、また猫を飼い始めた飼い主は是非ご覧ください。
✔︎本記事の信憑性
この記事を書いている私は、大学病院、専門病院、一般病院での勤務経験があり、
論文発表や学会での表彰経験もあります。
記事の信頼性担保につながりますので、じっくりご覧いただけますと幸いですm(_ _)m
» 参考:管理人の獣医師のプロフィール【出身大学〜現在、受賞歴など】
✔︎本記事の内容
猫の糖尿病性ケトアシドーシス〜症状、原因、治療法〜
この記事の目次
糖尿病性ケトアシドーシスとは?
獣医師解説!猫の糖尿病〜症状、原因、治療方法〜
獣医師が解説!猫の糖尿病は、その原因や程度によって無症状からケトアシドーシスにいたる幅広い病態を示します。糖尿病の原因によって治療方針が異なるため、糖尿病の猫では、適切な診断や治療ができれば長期予後は良いです。この記事を読めば、猫の糖尿病の症状、原因、治療法がわかります。
犬よりも猫がなりやすいとされています。
インスリンの枯渇が主因とされており、治療しなければ命に関わります。
糖尿病性ケトアシドーシスのメカニズム
上に糖尿病性ケトアシドーシスの発生メカニズムを模式化しました。
糖尿病性ケトアシドーシスの原因として糖尿病や、殆どの場合には基礎疾患・併発疾患が引き金となります。
- 血糖が上昇する状況
(クッシング症候群、様々なストレスなど) - 脱水しやすい状況
(嘔吐、下痢、腎不全など) - 炎症性疾患
(膵炎、胆管肝炎、口内炎、肺炎など) - 全身性疾患
(心不全、悪性腫瘍など) - 消耗性疾患
(感染症、甲状腺機能亢進症など)
糖尿病によってインスリンが枯渇すると、高血糖が生じます。
高血糖状態では、浸透圧利尿のために腎臓から水分と電解質(Na, K, Cl, P など)が失われます。
また、インスリンが枯渇すると細胞内へのグルコース取り込みが不足し、細胞内の糖代謝が低下し、細胞はエネルギー枯渇状態になります。
細胞にエネルギーを与えるため、脂肪組織から大量の中性脂肪が動員され、最終的に脂肪酸として細胞内でβ酸化されます。
脂肪酸のβ酸化はエネルギーと同時にβ ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、アセトンなどのケトン体を生成します。
過剰のケトン体は代謝性アシドーシス、消化器症状、神経症状の原因となります。
脱水やアシドーシスによるストレス反応(カテコールアミン、副腎皮質ホルモン、グルカゴン、炎症性サイトカインなどの上昇)がさらに病態を悪化させ、悪循環をひき起こします。
糖尿病性ケトアシドーシスの症状
- 元気消沈
- 食欲低下/廃絶
- 嘔吐
- 脱水
- 意識障害/昏睡
- 死亡
糖尿病性ケトアシドーシスの診断
教科書的基準
- 糖尿病である
- 尿ケトン陽性
- 代謝性アシドーシス(重炭酸↓)
の3点を満たせば糖尿病性ケトアシドーシスと診断します。
尿ケトンが陽性でも、明らかな代謝性アシドーシスでなければケトアシドーシスではありません(それはケトーシス)。
肥満した糖尿病動物では、体重が減少する過程でしばしば尿ケトンが陽性になります。
臨床的基準
- 糖尿病である
- 尿ケトン陽性
- 電解質異常(Na↓、K↓、Cl↓):低張性脱水
- 全身症状(沈うつ、食欲不振、脱水)がある
末梢組織からの脂肪動員のため総コレステロール、トリグリセリドの高値
血中尿素窒素(BUN)の高値
血漿浸透圧の高値(~350mOsm/kg:正常、400mOsm~症状、450mOsm<:昏睡)
浸透圧近似=2(Na+K)+BUN/2.8+Glu/18
血清電解質に注意(Na,K,Cl)
トリグリセリド上昇に注意
血糖値が700mg/dlを超えたら急性腎不全を疑い尿量に注意
(通常であれば700mg/dl以上は腎臓から排泄されます)
少なくとも1回は血漿浸透圧を計算します。
糖尿病性ケトアシドーシスの治療
DKA 治療の要点は、高血糖、脱水、電解質喪失、糖代謝の低下によるケトン体産生、基礎疾患の影響による悪循環を断つことです。
このために、インスリン、水分、電解質、グルコースを充分に与えます(輸液療法)。
それと同時に基礎疾患を診断・治療しなければなりません。
- 水和
- 電解質の補充(Na,K,Cl,Ca,P)
- インスリンの投与
- ブドウ糖投与
上記を48時間集中して実施します。
開始時の輸液
・生理食塩水(10~15ml/kg/h)
・カリウム添加(KCIを40mEq/L)
・リン添加
点滴
輸液量10~15 ml/kg/hrで輸液開始します。
最初の2~4 時間以内に利尿がみられたら、6時間までこの速度で点滴し、その後は水和状態をみながら維持量まで(3~5 ml/kg/hr)減らします。
最初の2~4時間で利尿がなければ、輸液はいったん中止して急性腎不全の治療を考慮します。
重炭酸は、重篤なアルカローシスを引き起こし、細胞内pHを下げます。
また、低カリウム血漿を助長し、ケトン体の消失が遅れます。
カリウム補正(2M のKCl 製剤の場合)
血清K:3.0~3.5 mEq/L のとき、輸液に 20 mEq/L(5 mL/500 mL)のKCl を添加 血清K:2.5~3.0 mEq/L のとき 40 mEq/L(10mL/500 mL)のKCl を添加 血清K < 2.5mEq/L のとき 60 mEq/L(15mL/500 mL)のKCl を添加
リン補正
細胞内液にはリンとカリウムが必須です。
インスリン開始後はリンが細胞内に移動し、低リン血漿により溶血します。
インスリン
ある程度水和、リンを補給してから開始します。
必ずレギュラーインスリンを用います。
インスリンを開始すると血清カリウムと血清リンが急激に低下します。
治療開始前に重度の低Kカリウム血症や低リン血症がみられる場合には、まず輸液でこれらの項目を補正してからインスリンを開始するほうが安全である。
治療のモニタリング
1~2 時間ごとにバイタルサイン、尿量、血糖値と電解質(Na, K, Cl, P, Ca)をモニターします。
1. 血糖値の目標は250~300 mg/dLとします。
- 1 時間あたり50mg/dLを越えて下げない
- 血糖降下が早すぎるときはインスリンの流量を下げる
- 血糖が降下しないときはインスリンの流量を2 倍まで増やす
2. 血清Na は著しい高Na 血症に注意。
- 腎不全の症例は高Na血症になりやすい。
- 高Na 血症になりそうな場合には、輸液を変更
3. 血清K は3.0~4.0 mEq/Lを目標
4. 血清P は3.0~4.0 mEq/Lを目標
5. 輸液にP を添加すると血清Caが低下します。
低Ca 血症(< 7.5 mg/dL)になったら調節します。
6. 血糖値が目標(250~300 mg/dL)まで下ったら、輸液を変更する。
インスリン、電解質の管理は継続し、血液検査の間隔を4 時間程度にあけます。
ケトンが消失し、摂食・飲水が可能になるまで血糖値を100~300mg/dLの範囲に保ちます。
〇従来のスライド式スケールによるKCLの添加用量
同時にリン酸カルシウム(K2PO14)を投与する場合は、KCLからそのカリウム量を差し引く。さもなければカリウムの過剰投与を起こしてしまう可能性がある。
カリウム投与のスライド式スケール
血清カリウム濃度 非経口輸液250mlあたりに添加するカリウム量
>3.5mEq/L 5mEq
3.0-3.5mEq/L 7mEq
2.5-3.0mEq/L 10mEq
2.0-2.5mEq/L 15mEq
<2.0mEq/L 20mEq
0.5mEqのK+/kg/時間を超えてはならない
〇低リン酸血症の治療
a.いつ治療を開始するか:血清リン濃度が<2.0mg(このレベルになると溶血が生じる)、再給餌を開始した日にリン酸濃度がボーダーラインの低値であれば、先行投与によって溶血の発症を回避できるかもしれない。
b.治療のガイドライン:個々の状態と代謝状況に合わせて経験的に調整する。細胞間で急速にリンが移動すると特定の患者に投与すべき用量と投与間隔を正確に予測することができないため、その後もリンを測定する必要がある。
c.治療にはリン酸を3mmol/mlで含有する市販の非経口溶剤を経静脈投与する(リンの元素93mg/mlに等しい)。
d.初回投与量:0.01~0.03mmol/kg/hr(Willard,1987)
e.反応のモニタリング:投与して最初は3~6時間毎と、投与の終了後直ちにリン酸の血清濃度を測定する。
f.血清濃度が常に2mg/dl<になったらリン酸の投与を中止する。
g.合併症:リン酸の量が過剰になると低カルシウム血症を起こし、カルシウム-リン積値が58mg/dl<になると軟部組織にカルシウム-リンの沈着が起こる。KCLの投与速度を適切に調整しないと医原性高カリウム血症を起こす可能性がある。
h.非経口的なリン酸の投与は、経口的に摂取できるようになれば(フードから、またはボーンミールや炭酸カルシウムの補給)通常は必要なくなる。
〇低マグネシウム血症の治療
低マグネシウム血症を急速に介入する場合は、50%溶液として入手できる硫酸マグネシウム(8.3mEq/g)と塩化マグネシウム(9.25mEq/g)を用いてIV投与することが必要である:これらは5%デキストロースで20%以下の溶液に希釈して投与すべきである。推奨投与量は、CRIで0.75~1.0mEq/kg/dayである(Dhupa,1998)。マグネシウム欠乏症の患者では、体のマグネシウム貯蔵は細胞間の移動ではなく数日かけてゆっくり回復する。更にもう2~5日は低用量の0.3~0.5mEq/kg/dayが推奨される。生命に関わる心室性不整脈には更に高用量が提唱されている(0.15~0.3mEq/kg(100mg/kg)を5~15分かけて投与)が、著者の考えでは、FHLの猫の管理にこの用量は必要ない(Dhupa,1998)。過剰投与が起こると低カルシウム血症、低血圧、AVおよび脚ブロック、呼吸筋虚弱などを悪化させるため、補給中はマグネシウムの血清濃度を毎日モニタリングすることが不可欠である。過剰投与はグルコン酸カルシウム50mg/kgをゆっくりIVボーラス投与し、その後10mg/kg/hrで定速点滴(CRI)する。
糖尿病性ケトアシドーシスの離脱
飲水や摂食が可能になった時に、以下の順番で離脱します。
- 食事療法の開始
- インスリンを皮下投与に変更
- 輸液の漸減/中止
- 尿ケトン陰性の確認
- 併発症のさらなる管理
摂食・飲水が可能となったら(治療開始後48~72 時間が目安)輸液を2~3 ml/kg/hr程度に減量し、持続型インスリンの皮下投与に切り替えます。
インスリン皮下投与で充分な治療ができるようであれば、輸液を中止し、維持療法に移行します。
多飲多尿の判断とは?
1日に体重 × 50mL以上の水を飲む場合は注意が必要です。
個体差もありますので、個人的には60ml/kg/day(1日1kgあたり)までは許容範囲な感じがします。
では具体的にどれくらいの量を飲むと、異常なのでしょうか?
確実に病的な多飲としては体重 × 100 ml以上の水を飲む場合、水の飲み過ぎと判断して良いでしょう。
例えば、体重5kgであれば、5×100 = 500mL以上飲むと異常ということになります。
しかし、上記は目安なので、1日に体重1kgあたり80mlであっても、徐々に増加しているのであれば注意が必要です。
飲水量の計測
上記の体重×50mLという値は飲水 + 食事の合計量です。
5kgの犬猫のドライフードの場合
必要な飲水量は1日で5kg×50mL=250ml
ドライフード
ドライフードの場合は5kg × 50 = 250mL以上で水の飲み過ぎです。
ウェットフード
ウェットフードを与えている場合は、フードに含まれる水分も考慮しなくてはいけません。
5kgの犬猫が1日200gのウェットフードの場合
必要な飲水量は1日で5kg×50mL=250ml
多くのウェットフードに含まれる水分量はおよそ75%です。
つまり、200g × 0.75 = 150 mLの水分を食事から取っていることになります。
ウェットフードの場合は250mL – 150mL = 100mL以上で水の飲み過ぎということになります。
飲水量の測り方
置き水は飲む以外にも蒸発して減っていきます。
正確に飲水量を測る場合は、蒸発量を考慮に入れた以下の方法で測ると良いです。
通常の水入れの場合
- 同じ形の水入れを2つ用意する
- どちらにも同じ量の水を入れる
- 1つは普段通り自由に飲める場所に置く(A)
- もう1つは隣に飲めないようにして置く(B)
- Bの残りの水の量 – Aの残りの水の量 = 飲んだ水の量
これで正確な飲水量を測ることができます。
ペットボトルに入れるタイプで給水
この場合は、あらかじめ入れる量を計算すれば、蒸発を考える必要はありません。
もちろん体重 × 50 mlを超えていないかをチェックするのも大事ですが、水の飲む量には個体差があります。
1番大事なのは変化(増加傾向、減少傾向)です。
日頃から飲水量を測定しておき、増加していないかどうかチェックするのが良いでしょう。
排尿量の測り方
水を多く飲むということは、「尿の量が増えて喉が渇く」ということです。
多飲:多く水を飲むということは体が水を欲している脱水状態であり、必ず排尿量も増えます。
飲水量以上に排尿すると脱水になりますし、飲水量よりも排尿量が少ないとむくんでしまいます。
なんだか最近水を多く飲むようになったなあと思ったら、飲水量を測ると同時におしっこも確認して見ましょう。
- 量や回数が増えていないか?
- おしっこの色が薄くなっていないか?
また、自宅で簡単に尿検査ができるペーパースティックを使用して、血統、鮮血、pHを測定することも大事です。
ペットシーツを使用している場合、ペットシーツの重さを測ることで尿量を測定することができます。
勝手に飲水量を制限してはいけません
飼い主さんの中には、水を飲み過ぎていると、心配になって飲水を制限してしまう方がいらっしゃいます。
しかしこれはやってはいけません!
なぜなら、水を飲むということはすでに脱水状態にあるため、脱水状態が悪化してしまうから。
水を飲み過ぎてしまう場合は、水を制限せずに早めに動物病院を受診しましょう