バソプレッシン(AVP)は視床下部の視索上核と室傍核で合成され、軸索輸送されて下垂体後葉に達し、一時的に貯蔵されます。
視床下部の浸透圧受容体が血漿浸透圧の上昇を感知すると、下垂体後葉からAVP が分泌されます。
AVP は腎の遠位尿細管や集合管にあるAVP 受容体に結合して水の再吸収を促し、血漿浸透圧を低下させるように作用します。
その結果、尿は濃縮され、尿浸透圧は上昇します。
AVP が存在しなければ、腎臓は血漿を超える浸透圧の尿を産生することができないです。
このAVP 作用が不足すると、血漿浸透圧が上昇しても腎臓では水が再吸収されず、血漿浸透圧と等しいかそれより低い浸透圧の尿(等張尿あるいは低張尿)が多量に排泄され続けます。
動物は脱水と口渇のため、多量の水を飲みます。
このような病態を尿崩症といいます。
尿崩症は非常にまれな疾患であり、診断の多くは誤診で、ほとんどの例は慢性腎不全など他の疾患によって多飲・多尿を呈しています。
この記事を読めば、犬の尿崩症の症状、原因、治療法までがわかります。
限りなく網羅的にまとめましたので、犬の尿崩症ついてご存知でない飼い主、また犬を飼い始めた飼い主は是非ご覧ください。
✔︎本記事の信憑性
この記事を書いている私は、大学病院、専門病院、一般病院での勤務経験があり、
論文発表や学会での表彰経験もあります。
記事の信頼性担保につながりますので、じっくりご覧いただけますと幸いですm(_ _)m
» 参考:管理人の獣医師のプロフィール【出身大学〜現在、受賞歴など】
✔︎本記事の内容
犬の尿崩症〜原因、症状、治療法〜
犬の尿崩症の病態生理
尿崩症は、下垂体後葉のAVP 分泌不足による中枢性尿崩症と、腎臓におけるAVP 作用不全による腎性尿崩症に分けられます。
視床下部や下垂体後葉の先天的な異常による中枢性尿崩症は、犬や猫で数多く報告されています。
外傷や腫瘍などにより視床下部や下垂体が障害されると、続発性の中枢性尿崩症が起こります。
腎性尿崩症はAVP 受容体の変異による家族性のものと、種々の腎障害によって起こる続発性のものに分けられまず。
小動物では家族性腎性尿崩症はきわめてまれです。
続発性腎性尿崩症は要するに腎不全です。
犬の尿崩症の症状
最も特徴的な臨床症状は著しい多尿と多飲です。
水分の摂取が制限されていない限り、脱水状態に陥ることはほとんどないです。
多量の飲水により食物の摂取が制限され、成長不良や削痩に陥ることはあります。
外傷や腫瘍などにより視床下部や下垂体に障害をもつ動物では、尿崩症の症状とともに神経症状が現れることがあります。
このような脳底部の障害では意識混濁、見当識障害、運動失調、視力障害などが起こりやすいです。
犬の尿崩症の診断
症例のほとんどは多飲と多尿を主訴として来院するが、飼い主が動物の正確な飲水量を知っていることは少ないです。
与えた水と残した水を計量することにより、24 時間の飲水量を把握しなければならないです。
これにより、動物が多飲(100 ml/kg/ 日以上)を呈していることを確認します。
尿検査は数回以上行い、比重が常に等張ないし低張(1.012 以下)であることを確認します。
血液検査は、多飲や多尿を呈する他の疾患の鑑別のために行います。
- 尿崩症
- 心因性多飲
- 糖尿病
- 先端巨大症
- 副腎皮質機能亢進症
- 副腎皮質機能低下症
- 甲状腺機能亢進症
- 高Ca 血症
- 慢性腎不全
- 腎盂腎炎
- 腎性糖尿・ファンコニ症候群
- 子宮蓄膿症
- 胆管炎・胆管肝炎
- 肝不全
- 多血症
- 利尿剤
- グルココルチコイド
- 甲状腺ホルモン
- ビタミンD 中毒
他の疾患が除外されれば、尿崩症の確定診断のために水制限試験を行います。
健康な動物の飲水を制限すると、次第に血漿浸透圧が上昇して下垂体後葉からのADH 分泌が刺激され、腎では水の再吸収が増加して尿が濃縮されます。
尿崩症の動物ではADH の分泌や作用が不足するため、尿は濃縮されず、尿浸透圧が血漿浸透圧を超えることはないです。
中枢性尿崩症と腎性尿崩症の鑑別にはADH 投与試験を行います。
中枢性尿崩症では腎臓のADH 受容体が正常であるため、外因性のADH に反応して尿が濃縮されます。
腎性尿崩症ではADH の作用が障害されているので、外因性ADH を投与しても尿は濃縮されません。
水制限試験とADH 投与試験は同時に行うことができます。
犬の尿崩症の治療および予後
中枢性尿崩症の治療には合成AVP製剤である酢酸デスモプレッシンを用います。
症状をみながら1~4 滴を1 日2~3 回点眼または点鼻で投与します。
先天性の中枢性尿崩症の動物は、水が充分に与えられている限り、ほぼ健康な生活を送ることができます。
続発性の中枢性尿崩症の予後は、下垂体や視床下部における基礎疾患により決定されます。
腎性尿崩症の治療にはサイアザイド系利尿剤を用いるが、反応は個体により様々です。
腎性尿崩症のほとんどは続発性であり、予後は腎臓における基礎疾患に決定されます。
犬の尿崩症の検査
【実施前の準備】
自宅での飲水量を、試験72 時間前から120ml/kg/ 日、48 時間前から90 ml/kg/ 日、24 時間前から60~80 ml/kg/ 日に制限します。
試験当日には、水和状態や神経症状に注意しながら身体検査を行います。
多飲多尿以外の問題がなければ、採血して血漿浸透圧を測定します。
血漿浸透圧の測定は専用の機器を用いるのが望ましいが、血漿Na 濃度、血漿K 濃度、尿素窒素(BUN)、血糖値から近似値を得ることもできます。
血漿浸透圧(mOsm/kg)=2(Na + K) + 0.05(血糖 mg/dl) + 0.33(BUN mg/dl)
尿道カテーテルによる採尿で膀胱を空にし、動物の体重を測定します。
このときの尿の比重または浸透圧を測定します。
【水制限試験】
動物をケージ内で安静にし、水と餌を取り除きます。
1~2 時間ごとに体重を測定し、採血と採尿を行い、血漿浸透圧、尿比重および尿浸透圧を測定します。
水制限試験は動物の体重が5%減少した時点(通常6~8 時間後)に終了し、ADH 投与試験に移行します。
試験中に動物の一般状態が悪化した場合には直ちに中止します。
試験中に尿比重が1.030 を超えた場合は、尿崩症を否定して水制限試験を中止します。
判定:尿浸透圧が血漿浸透圧を超えない場合は尿崩症と診断する。尿浸透圧が血漿浸透圧を超えた場合は尿崩症を否定します
【ADH 投与試験】
水性ADH 製剤を0.5U/kg(大型犬では半量)筋肉内投与し、投与後30 分ごとに2 時間後まで採血と採尿を行い、血漿浸透圧、尿比重および尿浸透圧を測定します。
判定:尿浸透圧が血漿浸透圧を超えない場合は腎性尿崩症と診断します。
尿浸透圧が血漿浸透圧を超えた場合は中枢性尿崩症と診断します。
【試験終了後】
試験終了2 時間後までは、ときどき少量の水を与えながら、動物の状態を観察します。
動物の一般状態が良好であれば、自由飲水として帰宅させます。
多飲多尿の判断とは?
1日に体重 × 50mL以上の水を飲む場合は注意が必要です。
個体差もありますので、個人的には60ml/kg/day(1日1kgあたり)までは許容範囲な感じがします。
では具体的にどれくらいの量を飲むと、異常なのでしょうか?
確実に病的な多飲としては体重 × 100 ml以上の水を飲む場合、水の飲み過ぎと判断して良いでしょう。
例えば、体重5kgであれば、5×100 = 500mL以上飲むと異常ということになります。
しかし、上記は目安なので、1日に体重1kgあたり80mlであっても、徐々に増加しているのであれば注意が必要です。
飲水量の計測
上記の体重×50mLという値は飲水 + 食事の合計量です。
5kgの犬猫のドライフードの場合
必要な飲水量は1日で5kg×50mL=250ml
ドライフード
ドライフードの場合は5kg × 50 = 250mL以上で水の飲み過ぎです。
ウェットフード
ウェットフードを与えている場合は、フードに含まれる水分も考慮しなくてはいけません。
5kgの犬猫が1日200gのウェットフードの場合
必要な飲水量は1日で5kg×50mL=250ml
多くのウェットフードに含まれる水分量はおよそ75%です。
つまり、200g × 0.75 = 150 mLの水分を食事から取っていることになります。
ウェットフードの場合は250mL – 150mL = 100mL以上で水の飲み過ぎということになります。
飲水量の測り方
置き水は飲む以外にも蒸発して減っていきます。
正確に飲水量を測る場合は、蒸発量を考慮に入れた以下の方法で測ると良いです。
通常の水入れの場合
- 同じ形の水入れを2つ用意する
- どちらにも同じ量の水を入れる
- 1つは普段通り自由に飲める場所に置く(A)
- もう1つは隣に飲めないようにして置く(B)
- Bの残りの水の量 – Aの残りの水の量 = 飲んだ水の量
これで正確な飲水量を測ることができます。
ペットボトルに入れるタイプで給水
この場合は、あらかじめ入れる量を計算すれば、蒸発を考える必要はありません。
もちろん体重 × 50 mlを超えていないかをチェックするのも大事ですが、水の飲む量には個体差があります。
1番大事なのは変化(増加傾向、減少傾向)です。
日頃から飲水量を測定しておき、増加していないかどうかチェックするのが良いでしょう。
排尿量の測り方
水を多く飲むということは、「尿の量が増えて喉が渇く」ということです。
多飲:多く水を飲むということは体が水を欲している脱水状態であり、必ず排尿量も増えます。
飲水量以上に排尿すると脱水になりますし、飲水量よりも排尿量が少ないとむくんでしまいます。
なんだか最近水を多く飲むようになったなあと思ったら、飲水量を測ると同時におしっこも確認して見ましょう。
- 量や回数が増えていないか?
- おしっこの色が薄くなっていないか?
また、自宅で簡単に尿検査ができるペーパースティックを使用して、血統、鮮血、pHを測定することも大事です。
ペットシーツを使用している場合、ペットシーツの重さを測ることで尿量を測定することができます。
勝手に飲水量を制限してはいけません
飼い主さんの中には、水を飲み過ぎていると、心配になって飲水を制限してしまう方がいらっしゃいます。
しかしこれはやってはいけません!
なぜなら、水を飲むということはすでに脱水状態にあるため、脱水状態が悪化してしまうから。
水を飲み過ぎてしまう場合は、水を制限せずに早めに動物病院を受診しましょう。