コルチゾールをはじめとするグルココルチコイドは生体を維持するために不可欠なホルモンです。
ホルモン過剰が持続すると代謝異常、異化亢進や易感染性など、さまざまな負の側面が現れるようになります。
これがクッシング症候群(= 副腎皮質機能亢進症)です。
犬では、ヒトや猫と比較して圧倒的に発生率が高く、重要な内分泌疾患のひとつになっています。
この記事を読めば、犬のクッシング症候群の症状、原因、治療法までがわかります。
限りなく網羅的にまとめましたので、犬のクッシング症候群ついてご存知でない飼い主、また犬を飼い始めた飼い主は是非ご覧ください。
✔︎本記事の信憑性
この記事を書いている私は、大学病院、専門病院、一般病院での勤務経験があり、
論文発表や学会での表彰経験もあります。
記事の信頼性担保につながりますので、じっくりご覧いただけますと幸いですm(_ _)m
» 参考:管理人の獣医師のプロフィール【出身大学〜現在、受賞歴など】
✔︎本記事の内容
犬のクッシング症候群〜症状、原因、治療、費用〜
この記事の目次
犬のクッシング症候群の病態生理
自然発生のクッシング症候群は、下垂体のACTH 分泌過剰により発症するもの(下垂体性クッシング症候群:pituitary-dependenthyperadrenocorticism:PDH)と
副腎腫瘍によるもの(adrenal tumor:AT)に分類されます。
犬のクッシング症候群のうち90%程度がPDHです。
PDH の80~90%は下垂体腺腫・腺癌を原因とし、うち半数程度では下垂体が下垂体窩を逸脱するほど腫大します。
PDH の残り10~20% ではACTH 産生細胞(コルチコトロフ)のびまん性過形成が認められます。
このような異常をもつ下垂体は、生理的なネガティブ・フィードバックを無視してACTH を分泌するため、副腎皮質が持続的に刺激され、血液中のコルチゾールが過剰になります。
犬のAT は腺癌または腺腫であり、非常にまれに特発性過形成が報告されています。
AT は視床下部や下垂体による制御から外れ、自律的に(勝手に)コルチゾールを分泌するため、やはりコルチゾール過剰となります。
犬のクッシング症候群の診断
犬の血清でコルチゾールを測定すると、しばしば偽の高値となり、この測定エラーによる誤診が急増しています。
クッシング症候群の犬のほとんどは典型的な症状(多飲・多尿、皮膚症状、腹部膨満、パンティングなど)を呈していますので、現れている臨床症状をよく確認します。
クッシング症候群の症状が現れていない犬は治療の対象にならないので、そもそも検査をする意味がありません。
犬のクッシング症候群のシグナルメント
若齢で発生する副腎過形成(非常にまれ)を除き、PDH は5歳以上の犬で発生し、多くは8歳以上です。
雄より雌でやや多く、好発犬種はとくにありません。
AT はさらに老齢の犬で多く、やはり好発犬種はとくにありません。
犬のクッシング症候群の症状
臨床症状:PDH でもAT でも主な症状はグルココルチコイド過剰によるものです。
90~95%以上の症例で多飲・多尿が認められ、これらが主訴となっていることが多いです。
80%以上の症例でなんらかの皮膚症状(菲薄化、両側対称性脱毛、色素沈着、皮膚感染症、石灰沈着、皮下出血など)が認められます。
犬の皮膚石灰沈着はクッシング症候群を強く示唆する所見であり、広範な脱毛と皮膚石灰沈着、腹囲膨満、筋萎縮による歩行困難が認められます。
これらは毛根の休止、コラーゲンの異化、免疫抑制などによります。
肝臓の腫大、内臓脂肪の増加、骨格筋の萎縮により腹部が膨満します。
呼吸筋の萎縮、肝腫大による胸腔の圧迫などにより、パンティングがおこりやすいです。
下垂体が直径10 mm を超えて腫大すると、次第に脳底部を圧迫して沈うつ、痴呆、旋回、視力障害などの症状が現れるようになります。
副腎癌が大血管に浸潤すると出血や栓塞によって突然死することもあります。
犬のクッシング症候群の検査
身体検査
- 様々な皮膚症状
- 腹部膨満
- 肝腫大
- 頭部や四肢の筋萎縮
- 心雑音(僧帽弁閉鎖不全や三尖弁閉鎖不全による)
血液検査(CBC)
- 多血
- 好中球および単球増多
- 好酸球およびリンパ球の減少(ストレスパターン)
血液化学検査
- 90%以上の症例で血清アルカリフォスファターゼ(ALP)活性の上昇(> 400U/L)
- 高コレステロール血症(> 350 mg/dL)
- 血清クレアチニンの低値( ≦ 0.5 mg/dL)
- 症例の10~20%程度では高血糖(200 mg/dL 以上)
尿検査
- 糖尿病併発例を除くほとんどの症例で低比重(1.010 以下)を示し、しばしば蛋白尿
- クッシング症候群の犬は膀胱炎の併発率が非常に高いです。
エックス線検査
- 内臓脂肪の増加のため、腹腔臓器がよく分離して見える。
- 肝腫大、大きな膀胱、軟部組織(気管・気管支、大動脈、腱など)の石灰化が認められることが多い。
- 軽度~重度の心陰影拡大認められやすい。
- AT 症例では、腎臓の内側または頭側に、球形に腫大した副腎が認められる。
- ATの半数程度では腫瘍表面が石灰化し、エックス線検査で観察しやすい。
◆この段階でクッシング症候群とよく似た症状や検査所見を呈する鑑別疾患は、
- シュナウザーの高脂血症をともなう肝空胞変性
- シェットランド・シープドッグの家族性高脂血症
- さまざまな内分泌性脱毛(甲状腺機能低下症
- 成長ホルモン反応性皮膚症、エストロゲン過剰症)
- さまざまな原因による肝機能不全
- 慢性腎不全の多尿期
などです。
身体検査やルーチン検査でクッシング症候群の可能性があれば、検査を進めます。
クッシング症候群の症状が現れていない犬は治療の対象にならないので、そもそも検査をする意味がないです。
犬のクッシング症候群の確定診断
クッシング症候群の確定診断には2 つの段階が必要です。
まずクッシング症候群であることを確かめ、次にPDH とAT を鑑別します。
PDH とAT では治療法がまったく異なるため、必ず鑑別しなければなりません。
a) ACTH 刺激試験
原理
犬のクッシング症候群のスクリーニング検査として行います。
過剰のACTH を投与して副腎のコルチゾール分泌を最大にします。
血漿コルチゾールはACTH投与後30~90分で最高値となります。
PDHでは副腎皮質が過形成を起こしていることが多く、ACTH 投与後の血漿コルチゾールは異常高値(過反応)となります。
AT の場合にも副腎皮質の腫瘍性増殖のため、同様に過反応を示します。
ACTH 刺激試験は容易で、1 時間で終了します。
併発疾患や投薬に影響されにくく、クッシング症候群に対する特異性は90%を超えます。
ただし、PDH に対する感度は80~85%程度、AT に対する感度は50~60% にとどまる。
このためACTH 刺激試験でクッシング症候群と確定できない場合には、低用量デキサメタゾン抑制試験(LDDST)を併用します。
方法
合成ACTH 製剤(商品名コートロシン)0.25mg/head(5 kg 未満の小型犬では半量)を筋肉内または静脈内投与し、投与前および1 時間後の血中コルチゾール値を測定します。
理想的には、試験前の数時間は安静・絶食とし、水は自由に与え、午前中に検査することで、ACTH 投与前のコルチゾール値(基礎値)の信頼性を向上できます。
(ストレスがない状態での正しい基礎値が得られる)
ACTH投与後には安静や絶食の必要ありません。
判定基準
1 時間後のコルチゾール値が25 μg/dL を越えればクッシング症候群と診断し、20~25μg/dL であればグレーゾーンとします。
1 時間後のコルチゾール値がグレーゾーンであっても、症状(多飲・多尿など)が認められ、ACTH 投与前のコルチゾール値(基礎値)が高値(> 6μg/mL)であれば、クッシング症候群の疑いが強いです。
- この場合には次のLDDST を行うとより確実に診断できます。
- 近い過去にグルココルチコイド療法をうけており、クッシング症状が現れており、ACTH 刺激後のコルチゾールが低値(典型的には 5μg/mL 未満)であれば医原性クッシング症候群と診断します。
- 外因性のグルココルチコイドを慢性投与することによって下垂体のACTH 分泌が抑制され、そのため副腎のコルチゾール分泌能も抑制されます。
- ACTH 刺激試験は、自然発症のクッシング症候群と医原性クッシング症候群を鑑別できる唯一の検査です。
成長ホルモン反応性皮膚症(アロペシアX)の犬では、血中コルチゾールが極端な高値を示すことがある。 これはおそらく他のステロイドホルモン(あるいは前駆体)の交差反応によるもので、真のコルチゾール値ではないと考えられる。 この場合はコルチゾール値が信用できないが、犬種と臨床症状から鑑別・診断できるはずである。
b) 低用量デキサメタゾン抑制試験(LDDST)
原理
正常な視床下部- 下垂体- 副腎機能をもつ動物に低用量(生理的作用を発揮する程度)の外因性グルココルチコイドを投与すると、視床下部や下垂体に作用(ネガティブ・フィードバック)して下垂体のACTH 分泌を抑制し、副腎皮質のコルチゾール分泌が抑制されます。
PDH やAT の症例では生理的なネガティブ・フィードバックが破綻しており、副腎のコルチゾール分泌は抑制されません。
デキサメタゾンはコルチゾール測定法に干渉しないため、内因性コルチゾールの変動を評価するために利用されます。
特徴
クッシング症候群に対するLDDST の感度は90%を超えるが、特異性は50%あるいはそれ未満にとどまります。
- これはストレスや併発疾患の影響をうけやすいからです。
- 検査が8 時間かかるためなかなか厳密に実施できません。
- 試験中に興奮、運動、摂食すると健康な動物でも抑制されません。
- 安静にすることが難しい犬、臆病な犬、分離不安の犬などはLDDST に適さない。
- このため、ACTH刺激試験では診断の難しい症例に限って行うほうがよい。
方法
一晩絶食した動物に0.015 mg/kg のデキサメタゾンを静脈内投与し、8 時間後の血中コルチゾール値を測定します。
試験中は犬を安静にさせ、絶食・自由飲水とします。
判定基準
8 時間後の血中コルチゾール値が1.4μg/mL 未満であれば正常であり、クッシング症候群を完全に否定します。
これを超える値を示した場合には、副腎機能の抑制が不十分と判断し、クッシング症候群と診断します。
c)副腎エコー検査
PDH とAT を鑑別するためには副腎エコー検査が最適です。
健康な犬の副腎を描出することはしばしば難しいですが(とくに右側)、クッシング症候群の犬では内臓脂肪が増加しているため、両側の副腎を簡単に描出できます。
副腎皮質は周囲の脂肪組織よりも低エコーであり、髄質は皮質よりも高エコーである。
健康犬の左側副腎は亜鈴型(ピーナツ型)、右側はコンマ型(ダルマ型)です。
副腎のサイズは短径の最大径で評価しあmす。
中~高齢で健康な小型犬では、最大径は3~5 mm程度であり、大型犬では5~8 mm 程度です。
副腎の長径は個体差が大きいので評価の対象にならないです。
PDH の症例では、副腎の形態は正常であるか、あるいは亜鈴型・コンマ型を保ったまま両端が腫大しています。
最大径が小型犬で6 mm、中~大型犬で10 mm を超えれば副腎過形成と診断します。
このような副腎の皮質は均一な低エコーを示します。
AT の症例では患側の副腎が球形に腫大しており、内部構造は不均一であることが多いです。
AT の半数程度では腫瘍表面が石灰化するため、表面でシャドーをひき内部を観察できません。
対側の副腎は萎縮しており、描出できないことが多いです(とくに右側)。
両側性の副腎腫瘍はまれです。
- まれに、非機能性副腎腫瘍とPDH が併発することがある。
- 非機能性副腎腫瘍は球形であり、反対側の副腎は正常~過形成である。
- 非機能性副腎腫瘍を切除しても症状は改善しない。
- 鑑別診断には以下の高用量デキサメタゾン抑制試験が有用です。
d) 高用量デキサメタゾン抑制試験(HDDST)
原理
PDH とAT の鑑別のために用いられます。
検査自体はLDDSTよりも容易ですが、PDHとATを完全に鑑別することは不可能です。
副腎エコー検査の解釈が難しい場合にのみ行います。
大過剰のデキサメタゾンによって内因性コルチゾールが抑制されるか否かを評価する。
PDH 症例の一部(約70%)では、大過剰のデキサメタゾンが下垂体に作用してネガティブ・フィードバックが生じ、内因性コルチゾール分泌が低下します。
その他のPDH 症例では、コルチコトロフの調節機能が完全に失われており、ネガティブ・フィードバックは生じず、副腎皮質のコルチゾール分泌も抑制されません。
AT ではネガティブ・フィードバックを無視して自律的にコルチゾールが分泌されており、やはり抑制されません。
方法
0.1~1.0 mg/kgのデキサメタゾンを静脈内投与し、4 および8 時間後の血中コルチゾール値を測定します。
判定基準
デキサメタゾン投与後4 または8 時間での血中コルチゾール値が1.4 μg/mL 未満(または前値の50%未満)であれば、PDH と診断します。
4 および8 時間値のいずれも抑制されていない場合には、PDHとAT は鑑別できません。
e)血漿ACTH 濃度
PDH ではACTH が過剰分泌されており、ATではACTH 分泌が抑制されているはずです。
血漿ACTH 濃度がPDH とATの鑑別に使われることがあります。
しかし実際には、ACTH 分泌の日内変動が大きいため、PDH の犬の20%程度でACTH が低値となり、診断には役立たないです。
f) 下垂体の画像診断
治療選択や予後判定のため、PDHと診断した犬では可能な限りMRI・CT 検査をして下垂体サイズを評価すべきです。
小型犬であればエコーで下垂体を描出できることも多いです。
犬のクッシング症候群の治療
PDH の治療選択
PDH 治療の選択肢は内科療法、放射線治療、外科手術の3 通りあり、これらの治療法で生存期間に差はほとんどないです。
動物の状態、治療の緊急性、経済的事情から治療計画を立てます。
下垂体が腫大していない(あるいは将来的に腫大のリスクが低い)PDH 症例ではトリロスタンを用いた内科療法を第一選択とし、下垂体が腫大している犬には放射線治療が薦められます。
内科療法
トリロスタンを使用する場合には効果が得られるのが早く、作用が可逆的であり、副作用が少ないのでコントロールしやすいです。
一方、トリロスタンが副腎のホルモン産生を抑制することで下垂体に対するネガティブフィードバックが弱まり、下垂体腫瘍が急激に大きくなる(ネルソン症候群と呼ぶ)リスクがあります。
原発巣つまり下垂体に作用しないという意味で、トリロスタンを含む内科療法は姑息的で、限界があります。
放射線療法
下垂体に対して定位的にメガボルテージX 線(リニアック)を照射します。
常電圧(オルソボルテージ)X 線照射は無効です。
放射線治療の長所
- PDH の原発巣つまり下垂体に直接作用すること
- 下垂体サイズと内分泌学的異常を同時に解決できること
- 治療後に数カ月以上の無病期間(投薬が不必要)が得られること
外科手術
経蝶形骨下垂体切除術によって腫瘍を含む下垂体を全摘出します。
成功すれば根治的ですが、さまざまな問題点と制約があります。
- 手技が難しいこと
- 乾燥性角膜炎などの合併症があること
- 小型犬や短頭種には応用できないこと
- 治療後は下垂体不全の状態になり生涯のホルモン補充が必要であること
AT の治療選択
AT の第一選択治療は患側の副腎摘出術です。
副腎癌は大血管に浸潤しやすく、肝臓、リンパ節、反対側副腎などに転移することがあります。
副腎癌の部分摘出は内分泌的異常を改善しないので、遠隔転移や大血管浸潤がみられる場合には手術を選択せず、QOL 向上を目指して内科的にコントロールするほうがよいと思われます。
AT 症例はコルチゾール過剰のために大血管が脆くなっており(石灰化のため)、術創も治りにくいため、相当に慎重な術前評価が必要です。
犬のクッシング症候群の内科療法:内服薬の実際
PDH に対する内科療法は大きく2 つに分かれます。
トリロスタンやミトタンなどを使って副腎のコルチゾール分泌を抑制しようとする治療法が主流であり、広く行われています。
塩酸セレギリンやカベルゴリンを使って下垂体のACTH 分泌を抑制しようとする治療法もあるが、残念ながら奏効率が低いです(症例の20~40%程度で有効)。
PDH の内科療法の目的は、血中コルチゾール濃度を低下させ、クッシング症候群の臨床症状を緩和し、動物や飼い主の生活の質を向上させることです。
このため、検査結果がPDH であっても、臨床症状がなければ治療する必要はありません。
また、心不全、急性膵炎あるいは腎不全など、重度の併発疾患をもつ症例では、併発疾患の治療を優先しいます。
一方、糖尿病のように、クッシング症候群を管理することで併発疾患の治療がしやすくなるのであれば、クッシング症候群の内科療法を開始します。
外科手術の不可能なATでも、内科療法によって副腎腫瘍のホルモン分泌を抑制することができます。
いずれの場合にも、トリロスタンを第一選択薬として用います。
a)トリロスタン
トリロスタンは3β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素を可逆的に阻害し、ステロイドホルモン全般の合成を抑制します。
犬では経口投与により速やかに効果を発揮し、重篤な副作用も少ないため使いやすいです。
アドレスタンは10、30、60カプセルです。
1) 開始時
PDH 症例ではトリロスタン3 mg/kg,SID で開始
開始量は犬の体重と剤形に応じて(キリのよい投与量を)決定。
ミトタンと異なり、食物や油脂と同時に与える必要はとくにない。
犬の元気、食欲、飲水量を観察しつつ、まずは7~14 日間投与。
この間は、以下の副作用が発現した場合を除き、基本的に投与量を変えない。
2) 副作用とその対策
臨床的に重要な副作用はアジソン病(元気消沈、食欲低下、虚脱、振戦、嘔吐、下痢、血便、高カリウム血症、低ナトリウム血症、高窒素血症)です。
このような症状を認めたらオーナーは直ちに投薬を中止します。
副作用としてのアジソン病が重篤になることは稀ですが、必要があれば輸液やヒドロコルチゾン投与などの緊急治療を開始します。
アジソン病に陥った症例はトリロスタンを1~数週間中止し、クッシング症状が再発してから投与再開します。
このような症例では1 回投与量を半減するか、あるいは48 時間ごとに投与します。
3) 投与量と投与頻度の決定
トリロスタン療法のゴールは、クッシング症状(多飲、多尿、腹囲膨満、皮膚病変、運動不耐性、パンティングなど)が消失し、犬の元気や食欲が保たれている状態です。
ほとんどの症例では1 回投与量2~8 mg/kg、投与間隔12~48 時間の範囲でコントロールできます。
投与量と投与間隔が症例にマッチしていれば、多飲・多尿は数日以内に改善し、その他の症状も1~2 ヶ月以内に改善します。
治療が不十分であればクッシング症状は消失しません。
投薬過剰であれば犬はアジソン病に陥り、元気と食欲が失われます。
臨床症状(とくに飲水量)を観察しながら1~2週間ごとに投与量や投与頻度を調節するのも一つの方法ですが、ACTH 刺激試験を行うと無用な試行錯誤をしなくて済みます。
ACTH 刺激試験はトリロスタン投与後3~6 時間の範囲で開始します。
ACTH 刺激後(投与60 分後)の血清コルチゾール値と臨床症状に基づいて投与量と投与間隔を調節します。
ACTH 投与1時間後のコルチゾールが5.0μg/dL以下であれば、トリロスタンの1回投与量は副腎皮質を充分抑制しています。
この状態でクッシング症状が残っていれば、投薬量ではなく薬剤の持続時間が不足していると考えられ、投薬をSIDからBIDに変更します。
一方、ACTH 投与1時間後のコルチゾールが5.0μg/dL を超えていれば投薬量が不足していると考えられ、1 回投与量を増やします。
このように、飲水量の観察と、必要があればACTH 刺激試験を行うことでトリロスタンの投与量と投与頻度を決定します。
4) 維持治療
トリロスタンの投与量と投与頻度が決定できたら、数週間ごとに通院して身体検査と血液検査を行います。
身体検査ではトリロスタンの作用不足によるクッシング症状、あるいは作用過剰によるアジソン症状が現れていないか注意します。
トリロスタンの過剰投与によるアジソン病は可逆的であることが多いが、ときに不可逆的なアジソン病に陥る症例がいます。
このような症例では自然発生のアジソン病と同様にホルモン補充療法が必要となります。
血液検査ではトリロスタンの副作用である低アルドステロン症を検出するため、Na, K, Cl, BUN, Cre を中心に検査します。
低ナトリウム血症、高カリウム血症、腎前性高窒素血症が無視できない場合には、トリロスタンを中止してミトタンまたは放射線療法など他の治療法に変更します。
ミトタンは適切に使用する限りグルココルチコイド(束状帯)選択的であり、アルドステロンを抑制しにくいです。
AT 症例にトリロスタンを使用する場合には、投薬量を少なくするほうが安全です。
(例:開始量0.5~1mg/kg、2~3 日に1 回投与)
(Cerundolo et al. Vet. Dermatol. 15: 285-293,2004)トリロスタン5~10 mg/kg, SID を投与すると、多くの犬が発毛します。トリロスタンを中止すると再びすぐに脱毛します。副作用としてアジソン病に陥る可能性があるので、投与には注意が必要です。
b)ミトタン
ミトタン(op'-DDD:商品名オペプリム:アベンティス・ファーマ)は副腎皮質を破壊・萎縮させる作用をもち、PDH の内科療法に広く用いられています。
高用量で使用すると副腎皮質全体が破壊されます。
ミトタンの作用は蓄積毒性によるものであり、比較的緩徐に現れます。
症状の改善に1~3 週間を要し、臨機応変にコントロールすることが難しいため、やや使いにくい薬剤です。
ミトタンの急性の副作用は、消化器障害、肝障害、神経障害であり、このような異常を認めたらただちに投薬中止します。
医原性のアジソン病に陥った場合には、ヒドロコルチゾンやプレドニゾロンによるホルモン補充を行います。
ミトタンによるアジソン病はほとんどの場合に可逆的であり、数日~数週間以内に回復します。
トリロスタンの場合とは逆に、AT はミトタン感受性が低く、AT 症例をミトタンで管理することはほとんど不可能です。
一方、予期せぬ時点で副腎が急激に破壊され、致命的な副腎クリーゼを起こすこともあります。
c)ケトコナゾール
ケトコナゾールはチトクロームP450 を可逆的に阻害し、ステロイドホルモン合成を全体的に抑制します。
経口投与により速やかに効果を発揮します。
犬での用量は5~15 mg/kg, BID である。低用量から開始し、症状を観察しながら漸増します。
ホルモン抑制作用は可逆的であり、治療のためには継続的な投与が必要である。副作用として、ときに嘔吐や重篤な肝障害が認められます。
トリロスタンが使用できれば、ケトコナゾールを使用する意義はあまりないです。
犬のクッシング症候群の予後
PDH の予後予測
内科療法、放射線治療、外科手術ともに症例の生存期間に差はなく、適切に治療すれば60%以上の3 年生存率が期待できます。
症例の予後は、主に下垂体サイズと併発疾患に左右されます。
PDH 症例の約80%では、下垂体は重篤な神経症状を起こすほど腫大しないです(直径10 mm 未満)。
これらの症例は最終的に心不全、膵炎、腎不全などの併発疾患によって死亡することが多いです。
一方、下垂体が直径10 mm を超えて腫大する症例の予後は悪く、脳の圧迫による神経障害により死亡するか、安楽殺が選択されます。
前述のように、下垂体が著しく腫大している症例では内科療法を選択できません。
AT の予後予測
良性の副腎腺腫を外科的に完全摘出できれば予後はよいが、このようなことは少ないです。
手術不可能なAT(副腎癌)症例はほとんどがプアリスクであり、治療を開始する前に十分な考慮が必要です。
AT によるクッシング症候群を内科的に管理することはかなり難しいです。
多飲多尿の判断とは?
1日に体重 × 50mL以上の水を飲む場合は注意が必要です。
個体差もありますので、個人的には60ml/kg/day(1日1kgあたり)までは許容範囲な感じがします。
では具体的にどれくらいの量を飲むと、異常なのでしょうか?
確実に病的な多飲としては体重 × 100 ml以上の水を飲む場合、水の飲み過ぎと判断して良いでしょう。
例えば、体重5kgであれば、5×100 = 500mL以上飲むと異常ということになります。
しかし、上記は目安なので、1日に体重1kgあたり80mlであっても、徐々に増加しているのであれば注意が必要です。
飲水量の計測
上記の体重×50mLという値は飲水 + 食事の合計量です。
5kgの犬猫のドライフードの場合
必要な飲水量は1日で5kg×50mL=250ml
ドライフード
ドライフードの場合は5kg × 50 = 250mL以上で水の飲み過ぎです。
ウェットフード
ウェットフードを与えている場合は、フードに含まれる水分も考慮しなくてはいけません。
5kgの犬猫が1日200gのウェットフードの場合
必要な飲水量は1日で5kg×50mL=250ml
多くのウェットフードに含まれる水分量はおよそ75%です。
つまり、200g × 0.75 = 150 mLの水分を食事から取っていることになります。
ウェットフードの場合は250mL – 150mL = 100mL以上で水の飲み過ぎということになります。
飲水量の測り方
置き水は飲む以外にも蒸発して減っていきます。
正確に飲水量を測る場合は、蒸発量を考慮に入れた以下の方法で測ると良いです。
通常の水入れの場合
- 同じ形の水入れを2つ用意する
- どちらにも同じ量の水を入れる
- 1つは普段通り自由に飲める場所に置く(A)
- もう1つは隣に飲めないようにして置く(B)
- Bの残りの水の量 – Aの残りの水の量 = 飲んだ水の量
これで正確な飲水量を測ることができます。
ペットボトルに入れるタイプで給水
この場合は、あらかじめ入れる量を計算すれば、蒸発を考える必要はありません。
もちろん体重 × 50 mlを超えていないかをチェックするのも大事ですが、水の飲む量には個体差があります。
1番大事なのは変化(増加傾向、減少傾向)です。
日頃から飲水量を測定しておき、増加していないかどうかチェックするのが良いでしょう。
排尿量の測り方
水を多く飲むということは、「尿の量が増えて喉が渇く」ということです。
多飲:多く水を飲むということは体が水を欲している脱水状態であり、必ず排尿量も増えます。
飲水量以上に排尿すると脱水になりますし、飲水量よりも排尿量が少ないとむくんでしまいます。
なんだか最近水を多く飲むようになったなあと思ったら、飲水量を測ると同時におしっこも確認して見ましょう。
- 量や回数が増えていないか?
- おしっこの色が薄くなっていないか?
また、自宅で簡単に尿検査ができるペーパースティックを使用して、血統、鮮血、pHを測定することも大事です。
ペットシーツを使用している場合、ペットシーツの重さを測ることで尿量を測定することができます。
勝手に飲水量を制限してはいけません
飼い主さんの中には、水を飲み過ぎていると、心配になって飲水を制限してしまう方がいらっしゃいます。
しかしこれはやってはいけません!
なぜなら、水を飲むということはすでに脱水状態にあるため、脱水状態が悪化してしまうから。
水を飲み過ぎてしまう場合は、水を制限せずに早めに動物病院を受診しましょう。