甲状腺機能低下症は、犬ではクッシング症候群に次いでよくみられる内分泌疾患です。
多くの症例では様々な程度の倦怠、無気力、不活発を示します。
皮膚病変は必発ではなく、他の様々な症状、中枢・末梢神経症状、繁殖障害、便秘なども報告されています。
sick euthyroid syndrome が甲状腺機能低下症と誤診されることが多く、真の甲状腺機能低下症の症例ははるかに少なく誤診も多いです。
そのために無駄な薬を飲み続けている飼い主も多いです。
この記事を読めば、犬の甲状腺機能低下症の症状、原因、治療法までがわかります。
限りなく網羅的にまとめましたので、犬の甲状腺機能低下症ついてご存知でない飼い主、また犬を飼い始めた飼い主は是非ご覧ください。
✔︎本記事の信憑性
この記事を書いている私は、大学病院、専門病院、一般病院での勤務経験があり、
論文発表や学会での表彰経験もあります。
記事の信頼性担保につながりますので、じっくりご覧いただけますと幸いですm(_ _)m
» 参考:管理人の獣医師のプロフィール【出身大学〜現在、受賞歴など】
✔︎本記事の内容
獣医師解説!犬の甲状腺機能低下症〜症状、原因、治療法、治療費用〜
この記事の目次
犬の甲状腺機能低下症の原因
犬の甲状腺機能低下症のほとんど全てが原発性甲状腺機能低下症です。
二次性(下垂体性)や三次性(視床下部性)のものは少ないです。
原発性甲状腺機能低下症では、甲状腺に次の2 つの変化のいずれかが起こり、ホルモン分泌が低下することで症状が現れます。
- リンパ球、プラズマ細胞、マクロファージのびまん性浸潤と甲状腺濾胞の変性を伴うリンパ球性甲状腺炎
- 細胞間隙に線維組織あるいは脂肪組織の増生を伴う非炎症性特発性濾胞萎縮
犬の甲状腺機能低下症の臨床症状
- 嗜眠
- 無気力
- 肥満
- 色素沈着亢進や角化亢進を伴う内分泌性脱毛
- 「悲劇的顔貌」
- 二次性膿皮症
- 皮膚萎縮
皮下にムチンが沈着し、粘液水腫と呼ばれる状態になります。
その他の症状
- 生殖能力や性欲の低下
- 寒さに対する弱さ
- 徐脈
- 筋電図異常や神経伝達異常
- 筋硬直
- 歩様異常
- 沈鬱を伴う神経筋障害(筋障害、末梢神経障害)
- 前庭障害、顔面神経麻痺、喉頭麻痺
てんかんを持っている症例では発作が増悪します。
犬の甲状腺機能低下症の検査
血液検査、血液化学検査
犬の甲状腺機能低下症では軽度の正球性正色素性貧血が認められることがあります。
約66%の症例で高コレステロール血症が認められます。
総T4、遊離T4(fT4)、イヌTSH(cTSH)、抗サイログロブリン抗体を組み合わせて甲状腺機能低下症を診断します。
しかしこの検査法では、後述するSick EuthyroidSyndrome が完全に除外できません。
甲状腺機能低下症でない犬を甲状腺機能低下症と誤診し、無駄に薬を飲み続けている犬が急増しています。
画像検査
- 甲状腺のエコー
- CT検査
甲状腺の萎縮が見られ、最も得意性の高い検査です
Sick EuthyroidSyndromeでは甲状腺は萎縮しません。
犬の甲状腺機能低下症の診断基準
1) 原発性甲状腺機能低下症
- 総T4 < 0.5 μg/dL
- fT4 < 5 pmol/L
- TSH > 0.3 ng/mL
2) 二次性・三次性甲状腺機能低下症
- 総T4 < 0.5 μg/dL
- fT4 < 5 pmol/L
- TSH < 0.05 ng/mL
3) 抗T4 抗体陽性例
- 総T4 高値
- fT4 < 5 pmol/L
- TSH > 0.3 ng/mL
犬の甲状腺機能低下症の誤診
Sick Euthyroid Syndrome
甲状腺が正常(= euthyroid)の動物が甲状腺以外の疾患(腫瘍、全身性感染症、循環器疾患、貧血、糖尿病、クッシング症候群など)に罹患すると、まず血清
T3 が低下し、ついで血清T4 が低下します。
抗てんかん薬(フェノバルビタールなど)、グルココルチコイド、他のステロイド剤などを投与されても同様に血清T4 が低下します。
血清T4 は基礎疾患の種類や重症度によって大幅に低下し、これが長期にわたると甲状腺機能低下症と同様の症状が現れることもあります。
このような状態をSickEuthyroid Syndrome といい、ホルモンは以下の状態になります。
- 総T4 < 0.5 μg/dL
- fT4 軽度低下~<5 pmol/L
- TSH はさまざま
基礎疾患を見落としており、血清T4 値だけを信じると、甲状腺機能低下症と誤診することになります。
甲状腺機能低下症を診断するには、基礎疾患の除外が必ず必要です。
T4 と比較してfT4 は低下の程度が軽いことが多いので、fT4 は鑑別診断に有用です。
Sick Euthyroid Syndrome の犬に甲状腺ホルモン製剤を投与することは、無意味あるいは有害で、特に心疾患を有する犬では死の恐れがあります。
T4、fT4、cTSH から甲状腺機能低下症を診断する場合には、Sick Euthyroid Syndrome を引き起こす基礎疾患や薬物をすべて除外しなければなりません。
Sick Euthyroid Syndrome は、全身状況が悪化した生体が、代謝を落としてやり過ごそうとする生理的な反応です。
それを甲状腺機能低下症と誤解して甲状腺ホルモンを与えれば状況がさらに悪化します。
Sick Euthyroid Syndrome の犬はTSH 刺激試験では正常反応を示します。
犬の甲状腺機能低下症の治療
甲状腺機能低下症の治療には合成レボチロキシン(チラージンS など)を経口投与します。(10〜40μg/kg/1日1回)
投与開始後2~4週目にモニタリング(臨床観察、甲状腺ホルモン及び血液・生化学的検査)を行い、投与量を調整します。
投与開始量として犬の体重1kgあたり、レボチロキシンナトリウムとして20μgを1日1回。
チロノーム(チロキシン)
Thyronorm(チロノーム)は、有効成分のチロキシンナトリウムを含有した甲状腺ホルモン製剤です。
Thyronorm(チロノーム)の有効成分であるチロキシンナトリウムは、甲状腺ホルモンです。
不足している甲状腺ホルモンを補い、新陳代謝を高める薬です。
チロノーム150μg(チロキシン) 5.0~7.5kg
チロノーム100μg(チロキシン) 2.5~5.0kg
チロノーム50μg(チロキシン) 〜2.5kg
1本120錠
価格:2,974円(150μg) 2,652円(100μg) 2,250円(50μg)
レボチロキシン(Levotiron)100μg
LEVOTiRONは、甲状腺ホルモンを補うことで、犬・猫の甲状腺機能低下症に伴う症状を改善する甲状腺ホルモン製剤です。
甲状腺ホルモンのレボチロキシンナトリウムを含有しています。
不足している甲状腺ホルモンを補い、新陳代謝を高めます。
1箱50錠
価格 1,538円
チロキシン(Thyroxine)0.4mg犬猫用 【1本100錠】
チロキシン(Thyroxine)0.4mg犬猫用は、有効成分のチロキシンを含有した甲状腺ホルモン製剤です。
犬・猫の粘液水腫やクレチン病、ホルモン補充療法に用いられます。
1本100錠
価格2,543円
心疾患、糖尿病などの併発した犬では半量程度から徐々に増量するのが望ましいです。
治療に成功した症例では、1~2 ヶ月以内に体重減少、表情や行動の改善、発毛や毛質の改善が認められます。
充分な治療効果が得られた後は、1日1 回投与で維持します。
甲状腺機能低下症の是正によって代謝に変化がおきるので、投薬量は治療開始から4 週間後に血清T4 濃度を計測します。
レボチロキシン1 日2 回投与を行っている場合、服用4~6 時間後に血清T4 値が4~5 μg/dL の範囲にあれば良好です。
6μg/dL を超えている場合にはレボチロキシンを減量します。
犬の甲状腺機能低下症の治療費用
1ヶ月当たりの費用
- 甲状腺の内服薬 700~800円
- 血液検査 5000円
犬の甲状腺機能低下症の食事
ホルモン補充療法がメインで、この病気であれば食事療法は必要ありません。
犬の甲状腺機能低下症の予後
維持期間中は、約4か月間隔でモニタリングを行い、個体別に投与量を調整します。
また、投与量を変更した場合、変更後2~4週間目にモニタリングします。
診断が正しく、適切なホルモン補充療法が実施されていれば予後は良いです。
多飲多尿の判断とは?
1日に体重 × 50mL以上の水を飲む場合は注意が必要です。
個体差もありますので、個人的には60ml/kg/day(1日1kgあたり)までは許容範囲な感じがします。
では具体的にどれくらいの量を飲むと、異常なのでしょうか?
確実に病的な多飲としては体重 × 100 ml以上の水を飲む場合、水の飲み過ぎと判断して良いでしょう。
例えば、体重5kgであれば、5×100 = 500mL以上飲むと異常ということになります。
しかし、上記は目安なので、1日に体重1kgあたり80mlであっても、徐々に増加しているのであれば注意が必要です。
飲水量の計測
上記の体重×50mLという値は飲水 + 食事の合計量です。
5kgの犬猫のドライフードの場合
必要な飲水量は1日で5kg×50mL=250ml
ドライフード
ドライフードの場合は5kg × 50 = 250mL以上で水の飲み過ぎです。
ウェットフード
ウェットフードを与えている場合は、フードに含まれる水分も考慮しなくてはいけません。
5kgの犬猫が1日200gのウェットフードの場合
必要な飲水量は1日で5kg×50mL=250ml
多くのウェットフードに含まれる水分量はおよそ75%です。
つまり、200g × 0.75 = 150 mLの水分を食事から取っていることになります。
ウェットフードの場合は250mL – 150mL = 100mL以上で水の飲み過ぎということになります。
飲水量の測り方
置き水は飲む以外にも蒸発して減っていきます。
正確に飲水量を測る場合は、蒸発量を考慮に入れた以下の方法で測ると良いです。
通常の水入れの場合
- 同じ形の水入れを2つ用意する
- どちらにも同じ量の水を入れる
- 1つは普段通り自由に飲める場所に置く(A)
- もう1つは隣に飲めないようにして置く(B)
- Bの残りの水の量 – Aの残りの水の量 = 飲んだ水の量
これで正確な飲水量を測ることができます。
ペットボトルに入れるタイプで給水
この場合は、あらかじめ入れる量を計算すれば、蒸発を考える必要はありません。
もちろん体重 × 50 mlを超えていないかをチェックするのも大事ですが、水の飲む量には個体差があります。
1番大事なのは変化(増加傾向、減少傾向)です。
日頃から飲水量を測定しておき、増加していないかどうかチェックするのが良いでしょう。
排尿量の測り方
水を多く飲むということは、「尿の量が増えて喉が渇く」ということです。
多飲:多く水を飲むということは体が水を欲している脱水状態であり、必ず排尿量も増えます。
飲水量以上に排尿すると脱水になりますし、飲水量よりも排尿量が少ないとむくんでしまいます。
なんだか最近水を多く飲むようになったなあと思ったら、飲水量を測ると同時におしっこも確認して見ましょう。
- 量や回数が増えていないか?
- おしっこの色が薄くなっていないか?
また、自宅で簡単に尿検査ができるペーパースティックを使用して、血統、鮮血、pHを測定することも大事です。
ペットシーツを使用している場合、ペットシーツの重さを測ることで尿量を測定することができます。
勝手に飲水量を制限してはいけません
飼い主さんの中には、水を飲み過ぎていると、心配になって飲水を制限してしまう方がいらっしゃいます。
しかしこれはやってはいけません!
なぜなら、水を飲むということはすでに脱水状態にあるため、脱水状態が悪化してしまうから。
水を飲み過ぎてしまう場合は、水を制限せずに早めに動物病院を受診しましょう